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東京地方裁判所 昭和62年(ワ)10163号 判決

原告 ジー・ジー・アイ株式会社

右代表者代表取締役 小栗武夫

右訴訟代理人弁護士 結城義人

同 平手啓一

被告 芝信用金庫

右代表者理事長 近藤龍一

右訴訟代理人弁護士 米津稜威雄

増田修

麥田浩一郎

長嶋憲一

佐貫葉子

主文

一、原告の請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

1. 被告は原告に対し、金一〇〇、〇〇〇、〇〇〇円及びこれに対する昭和五八年一二月八日から支払済みに至るまで年六分の割合による金員を支払え。

2. 訴訟費用は被告の負担とする。

3. 仮執行宣言

二、請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二、当事者の主張

一、請求原因

1. 原告は、昭和五八年一〇月一四日、被告との間で、左記の為替手形及び船積書類等を被告不動前支店に交付して、右為替手形二通についての取立委任契約(以下「本件契約」という。)を締結した。

(一)  為替手形二通(以下「本件為替手形」という。)

①振出人 原告

支払人 ワールドシティインベストメント株式会社

受取人 白地

金額 US弗九九六、〇〇〇

振出日 昭和五八年一〇月五日

満期 一覧後六〇日払

②振出人 原告

支払人 ワールドシティインベストメント株式会社

受取人 白地

金額 US弗一、〇一六、八五〇

振出日 昭和五八年一〇月五日

満期 一覧後六〇日払

(二)  ワールドシティインベストメント株式会社(香港)が発行した信用状二通(以下「本件信用状」という。)

①発行銀行 ワールドシティインベストメント株式会社(香港)

番号 ILC一〇九八/W-一〇三

金額 US弗一、〇五八、七五〇

商品 一七五〇PC(ビデオゲームのためのPCボード)

信用状有効期限 一九八三年一一月三〇日

②発行銀行 ワールドシティインベストメント株式会社(香港)

番号 ILC一〇九六/W-一〇一

金額 US弗一、〇二九、七五〇

商品 一七〇〇PC(アミューズメントマシーンのための部品)

信用状有効期限 一九八三年一一月三〇日

(三)  オリエントオーバシーズラインが発行した船荷証券二通(以下「本件船荷証券」という。)

①番号 YKHK〇〇一

荷受人 ワールドシティインベストメント株式会社の指図人

通知先 ホートンエンタープライズ株式会社

商品 アミューズメントマシーンのための部品

②番号 YKHK〇〇二

荷受人 ワールドシティインベストメント株式会社の指図人

通知先 ホートンエンタープライズ株式会社

商品 ビデオゲームのためのPCボード

2. 被告は、本件契約上の当事者として、本件信用状の有効期限までに右信用状を発行したワールドシティインベストメント株式会社(以下「ワールド社」という。)に本件為替手形を呈示し、手形金を取り立て、それを原告に支払う債務がある。

3. 原告は、昭和五八年一二月七日、被告に対し、右債務を履行しないことを理由として本件契約を解除する旨の意思表示を行い、併せて第一項記載の書類一切の返還を求め、これらは、その頃被告に到達した。

4. しかし、被告は、第一項記載の一切の書類のうち本件信用状以外の書類(以下「本件書類」という。)を紛失し、原告にこれを返還できなかったため、原告は、本件船荷証券に係る商品を早急に処分できず、その後の時間の経過により、右商品は陳腐化して無価値になった。

5. 当時の円ドルの交換レートは、一ドル二六〇円であり、本件為替手形の金額ないし右商品の価格は、円に換算して金五二三、三四一、〇〇〇円であって、原告は、被告の債務不履行によりこの金額の損害を被った。

6. よって、原告は被告に対し、本件契約上の手形金取立債務の不履行ないし本件契約解除に伴う原状回復義務の不履行に基づく損害賠償として、右損害額の一部である金一〇〇、〇〇〇、〇〇〇円及びそれに対する本件契約の解除がされた日の翌日である昭和五八年一二月八日から支払済みに至るまで年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二、請求原因に対する認否

1. 請求原因1ないし3は、認める。

2. 請求原因4のうち、被告が本件書類を原告に返還できなくなったことは認め、商品が陳腐化して無価値になったことは不知、その余は否認する。本件書類は、取立に関与した香港の金融機関コタ・ファイナンス株式会社(以下「コタ社」という。)又はワールド社の管理下にある間に行方不明になったものである。

3. 請求原因5及び6は、否認ないし争う。

三、抗弁

本件為替手形の取立委任については、原告が被告に対し昭和五八年四月一日付けで差し入れた「外国向手形類取引約定書」(以下「本件約定書」という。)の適用があり、それによれば国際商業会議所制定の「取立統一規則」(一九七八年改訂。公布番号三二二号)により処理されるものである。

右取立については、原告からは取立銀行の指定がなかったので、被告は、昭和五八年一〇月一四日、株式会社東京銀行に本件為替手形の取立を依頼し、同銀行は、同月一七日、本件信用状の原告宛て通知銀行であるアメリカンエキスプレスインターナショナル・バンキングコーポレーション(以下「AMEX」という。)に右手形の取立を依頼し、その後の取立依頼の経路は、本件信用状の通知経路を逆にたどり、左記のとおり行われたが、コタ社ないしワールド社の事務処理の過程で本件書類が紛失したものである。なお、AMEXは、本件書類を二便に分けて発送し、慎重を期している。

したがって、本件書類の紛失については、被告は、取立統一規則三条(この規定は、履行補助者の選任及び監督に関する銀行の責任を免除したものである。)ないし四条により免責される。

AMEX(東京支店)→ファイナンシャル・アンド・インヴェストメント・サービス・フォー・アジア株式会社(以下「FISA社」という。)(香港)→コタ社(香港)→ワールド社(香港)

四、抗弁に対する認否

抗弁は否認する。本件約定書は、その冒頭部分に明記されているとおり、手形類の買取契約にのみ適用されるので、本件のような取立委任契約には適用がなく、したがって、取立統一規則も適用がない。

また、仮に、取立統一規則の適用があるとしても、規則四条の免責規定は、一条の善管注意義務を尽くしていることが前提とされているものであるが、被告は、郵送中の紛失事故を回避するために本件書類を二便に分けて発送するべきであるのにこれを怠っており、また、コタ社ないしワールド社は被告の履行補助者であり、彼らの故意・過失は被告の故意・過失と評価されるべきであるから、いずれにしろ、本件書類の紛失は、被告の善管注意義務違反に基づくものであって、四条の免責規定が適用される余地はない。

第三、証拠〈省略〉

理由

一、請求原因1ないし3は、当事者間に争いがない。請求原因4のうち、被告が本件書類を原告に返還できなくなったことは当事者間に争いがなく、これが本件契約上の債務の不履行として被告が責任を負うことになるか否かが問題になる。

二、抗弁について

1. 抗弁の前段の、本件為替手形の取立委任に本件約定書及び取立統一規則の適用があるか否かについて

この点に関しては、原告は、本件約定書は、その冒頭に明記してあるとおり、手形類の「買取」契約にのみ適用されるもので、本件のような取立委任契約には適用がなく、したがって、取立統一規則も適用がない旨主張している。しかしながら、〈証拠〉によれば、次の事実が認められ、これに反する証拠はない。

被告は、昭和五八年四月から外国為替公認銀行となり、以前から外国為替取引の斡旋を行ってきた原告との間に、同年四月一日付けで外国向荷為替手形約定書及び本件約定書の差入れを受けて、外国為替手形等の買取の業務を開始した。そして、同年一〇月一四日、被告は、原告から、本件為替手形について、関係する通知書、信用状、輸出報告書、船荷証券の交付を受けて買収を依頼され、信用状付輸出為替取組依頼書(APPLICATION FOR EXPORT BILL)により受付をした。しかし、この依頼に対しては、信用状の発行銀行であるワールド社の信用に疑問があること、商慣習に反して商品の船積みが信用状の到達のかなり前に済んでいること、及び同一の商品について以前に発行された別の信用状が偽造の疑いがあったことから、買取を断り、その後の原告との話合いの結果、形式は買取とするが実際は代金取立委任として処理する(買取形式代金取立)こととし、原告からこの旨の念書の交付を受けた。もっとも、被告の事務処理上は、全国信用金庫協会発行の「外国為替事務取扱要領」に従い、改あて取立委任のための「取立依頼書」の提出を求めず、既に受付済みの右「取組依頼書」を流用することとした。

この「買取形式代金取立」の手続の内容は、右「外国為替事務取扱要領」において「取次」手続として規定されているものであり、顧客から手形を買い取らないが、形式上は買い取った場合と同様に船積書類等の一件書類を整備・点検し、手形には譲渡裏書(隠れた取立委任裏書である。)をし、コルレス外国為替公認銀行(外国為替及び外国貿易管理法一一条所定の取極めを結んでいる銀行)に取立を依頼するというものであり、銀行実務上行われている取扱手続である。なお、このような形式によらず純粋の取立委任による場合には、荷為替付輸出手形代金取立依頼書(APPLICATION FOR COLLECTION OF BILLS)の提出を受けることになるが、右「取立依頼書」には、本件代金取立は取立統一規則に準拠する旨の明記があり、これにより処理された場合でも右規則が当然に適用されることになっている。

以上の認定を前提にすると、本件契約のような買取形式取立委任契約は、為替手形の買取の形式を採る以上、当事者が反対の意思を明示していない限り、冒頭に「買取を貴金庫に依頼するについて、以下の条項を確約します。」と明記している本件約定書により処理されるものとして被告において扱われており、本件においても、右の本件契約締結の経緯に照らし、この点については原、被告とも十分に了解済みであったとみるべきである。そうすると、本件契約については、本件取引約定書のほか、その一〇条によって、取立統一規則の適用があるというべきである。

2. 次に、抗弁の後段については、被告が取立統一規則三条ないし四条により免責されるか否かが問題になる。

(一)  まず、本件との関係で取立統一規則三条を検討する。

同条は、①本人が取立事務を委任した仕向銀行は、本人によって取立銀行の指定がない場合、他のすべての銀行を選択できること、②関係書類は、直接又は仲介者としての他の銀行を通じて取立銀行に送付することができること、及び③他の銀行のサービスを利用する銀行は、本人の負担と危険において行うこと等が定められている(なお、乙第五号証の信用状統一規則二〇条にも同趣旨の規定がある。)。この規定の趣旨は、信用状付きの外国為替取引においては、世界各国にまたがって取引が行われるため、仕向銀行としても、好むと好まざるとに拘らず、各国に所在するコルレス銀行等他の銀行のサービスを利用せざるを得ず、しかも、利用する銀行の信用状況等の調査は通常は困難であり、その数も限られているためこれを自由に選択する余地がない場合が多く、その事務処理上の監督も十分に及び得ない実情にあることなどから、他の銀行のサービスを利用する場合の計算と危険はすべて取立依頼人に帰属することとして仕向銀行の責任を軽減することにより、この種の取引の円滑な発展を図ろうとするものである。

ところで、このように仕向銀行が他の銀行のサービスを利用する行為は、民法上の復委任者の選任(さもなくば復代理人の選任)に当たり、取立依頼人との関係では履行補助者を利用する行為に当たる場合が多いと思われる。その場合、債権法の一般理論によれば、仕向銀行は、履行補助者たる他の銀行の故意・過失についても自己の故意・過失として責任を負うべきことになるが、本条は、このような履行補助者の利用については右のような実情にあることから、この点については本人が負担と危険を負うことにして、仕向銀行の責任を免除したものである。

また、本条によって免責されるのは仕向銀行が利用した他の銀行の故意・過失に基づくものについてであって、仕向銀行自身の故意・過失に基づくものについては免責されないことになるから、利用する銀行の選任や監督に故意・過失がある場合は、仕向銀行としては、自らの故意・過失なのであるから当然に免責されるものではない。しかし、本条は、仕向銀行の利用銀行選任については、本人から指定がない限り、どのような銀行でも選任してよいとしており、それは、前記のとおり、利用銀行選任に際しては、その数も限られ、信用状態の調査や業務の監督も十分できない実情にあることから、仕向銀行の選任、監督上の義務を軽減する趣旨を当然に含んでいるものと思われる。そうすると、選任・監督について過失等が認められるのは、利用する銀行が不適任ないし不誠実であることを容易に知り得、しかも他の適当な利用銀行の選任が可能であるのに漫然とその銀行を選任したような場合や、現実に具体的な監督権限があり、その行使を容易にできたのに怠ったというような場合に限られることになろう。

なお、取立統一規則一条は「銀行は、善意に行動しかつ相応の注意を払う。」と規定しているが、仕向銀行の利用銀行選任・監督についての注意義務の内容は右のようなものと理解すべきであるから、一条は、そのような注意義務を負っていることを述べたものと解するべきである(「相応の注意を払う。(exercise reasonable care.)」という文言は、このような解釈を前提にしていると思われる。)。

(二)  次に、本件との関係で取立統一規則四条を検討する。

同条は、取立に関与する銀行は、すべての通報、書信もしくは書類の送達中の遅延又は紛失により生じる結果等に対して、何らの義務も責任も負わない旨規定している(なお、乙第五号証の信用状統一規則一八条にも同趣旨の規定がある。)。この規定の趣旨は、外国為替手形等の取立業務においては、通信物の到着遅延・紛失・滅失は、取立に関与する銀行の手の届かない領域での出来事であり、このような銀行がコントロールし得ない事柄に起因する損害については、銀行は責任を負わないというものである。もっとも、銀行が書類の送達等に際し、自己が処理すべき送達事務を適正に行わず、その結果書類の紛失等の事故が発生したような場合は、銀行の手の届かない領域での出来事ではなく、当該銀行自身の故意・過失であるから、それに起因する損害について免責されるものではない。この点は、前記のとおり、取立統一規則一条が銀行の注意義務を明記しているのであり、四条もこのような注意義務をも免除する趣旨を含むものではない。

(三)  以上を前提にして、本件における被告の責任の有無を検討する。

〈証拠〉によれば、次の事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

被告は、昭和五八年一〇月一四日、原告から本件為替手形の取立の依頼を受けたが、原告から取立銀行の指定がなかったため、当日、コルレス外国為替公認銀行である株式会社東京銀行(新橋支店)に本件手形の取立を依頼し、同銀行は、同月一七日、本件信用状の原告宛て通知銀行であるAMEXに取立を依頼し、その後、本件手形の取立事務は、本件信用状の通知経路を逆にたどり、AMEX(東京支店)→FISA社(香港)→コタ社(香港)→ワールド社(香港)という経路で行われた。

その後、被告は、昭和五八年一一月三〇日、本件手形の支払銀行であるワールド社からの引受通知が未着のため、東京銀行に照会を依頼し、続いて、東京銀行経由でAMEXからコタ社へと照会がされた。その回答がない間に、原告から被告に対し、同年一二月七日付け書面で、本件契約解除の通知があったので、被告は、同月一五日、東京銀行に対し、本件取立の組戻しを依頼し、その後、東京銀行→AMEX→FISA社→コタ社という取立と同じ経路で、組戻しと本件書類の返却の依頼が行われた。そして、昭和五九年一月一一日付けで、FISA社からAMEXに対し、コタ社に右依頼を伝えたが今後はコタ社と直接接触するようにとの連絡があり、AMEXから東京銀行に対しても同旨の連絡があったため、東京銀行は、同年一月二〇日と二六日、コタ社に直接連絡をとったが、回答がなく、ここに本件書類の所在が不明となる事態が生じた。

なお、その間の昭和五八年一二月二二日、被告は、東京銀行から、FISA社がAMEXに宛てた組戻し依頼に対する回答の内容の連絡を受けたが、その内容が本件信用状発行関係者及び買主の信用状態や評判が良くないので注意せよというものであったため、即日、原告にその内容を伝え、本件信用状に係る商品の保全をするよう助言している。

ところで、本件の一連の取立依頼において、本件書類は、少なくともAMEX(東京支店)からFISA社(香港)へは、紛失防止のため一便、二便に分けて発送されている。また、香港において、FISA社からコタ社へは二便に分けて発送されたか否かは不明であるが、前記のFISA社からコタ社に対する組戻しと書類返却の依頼に対してコタ社から本件書類が到着していない等の反論はなく、なんらの回答もなかったのである。そうすると、本件書類は、少なくともコタ社には到着しているとみるべきであって、その後ワールド社との事務処理の過程で所在不明になったものと認めるべきである。

以上の事実を前提にして、被告の本件契約上の責任を考えると、被告が、本件取立依頼の処理について、本件書類を送付して前記の関係各銀行を経由して取立を依頼した点については、仕向銀行として通常期待される事務処理を行ったものであり、本件書類の発送については勿論、取立銀行等の選任にも故意・過失はなく、また、その後の組戻しと書類の返却依頼までの事務処理においても、原告の意向に従い通常の適切な事務処理を行っていると認められるのであって、取立銀行等の監督に故意・過失はなかったものというべきである。

そうすると、本件書類の紛失については、コタ社ないしワールド社における事務処理の過程で生じたものであり、本件為替手形の取立ができなかったのもその過程の事務処理が依頼の趣旨に沿って行われなかったためであり、その結果被告が本件契約上の債務の履行ができなくなったものであるから、この点については、被告は、取立統一規則三条及び四条により免責されると解すべきである。したがって、抗弁は、理由がある。

三、以上のとおり、原告の本訴請求は、その余につき判断するまでもなく理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 千葉勝美)

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